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【それぞれの、終わり】わかれのレター

作:佐奈亜朗

 

 

 阿久留間九郎(あくるまくろう)という男がいる。名前の通りの第九子(あまりに聞き慣れない)で、学内では変人として知られている。具体的にどう変人かと問われると僕も非常に困るのだが、例えば歩き方一つとっても必要以上に早足で、よくよく聞けば前の人間の足音に合わせて二拍三連を刻んでいるし、休み時間には紙片を三枚広げて何をしているのかと思えば日本史と英語の勉強とクロスワードパズルを同時に行っていた。学食のカレーを一週間続けて食べていたと思えば、次の週には毎日肉うどんを食べている。

 尋ねてみたことがある。「なあ阿久留間、お前のあの行動は、素か、面白いと思ってやってるのか、どっちなんだ」

「両方かな。誰かに行動を読まれたりするのが嫌だというのもある」と阿久留間。

「噂が立てばお前の仕業だから動向は簡単に把握できるけどな」

 しかしこの阿久留間が僕の友人だというのは全く不本意な話である。僕も別に彼を嫌っているわけではないのだが、いつものように奇人の奇行に付き合わされては疲労の方が勝ると言うものだ。

 だから彼が夏の長期休暇を利用して旅行に行ってくると聞いた時はやっと平穏が得られると喜んだ。授業の課題や叔父さんの手伝いなんて普段の阿久留間の無茶ぶりに比べれば些細な事である。しかし! 平和は長くは続かない。いつかは終わる時が来るのだ。前置きが長くなってしまったが、今回の事件はその阿久留間が帰ってくるところから始まる。

 僕はその日、遅刻ギリギリで教室に駆け込んだら黒板に休講と書かれていて肩を落とし、特にすることもないので部室に向かっていた。部室棟の階段を登っていると。

「やあ、久しぶりだな小林屋敷くん!」阿久留間の声だ。

「由樹(よしき)だよ」僕がいつ建造物になったというのだ。言いつつ声の方向を見る。「阿久留間、なんだその髪は」

「海外で浮いてしまわないか心配になってな」

「三つほど良いか?」

「多いな。なんだ」

「第一に、今どき観光客は珍しくない。第二に、染めたところで東洋人の顔つきは一発で分かる。そして、第三」僕は溜息をつく。「そんな頭が地毛であってたまるか」

 阿久留間の髪は黄色だった。金髪などというものではなく完全に真っ黄色なのだ。そんなレモンみたいな頭の奴、外国人うんぬんではなく二度見するわ。

「つい魔が差してしまってな」そんな差し方あるかよ。「しかし小林、夏休みはもう終わったというのに、未だに早起きに慣れないようだな」

「そんなに眠そうか?」バッチリ目は覚めていると思うが。

「いいや、今日も遅刻ギリギリで走ってきたようだから。それで休講だから、『事務所』に向かっている。違うか?」

「……根拠は」

「頭に寝癖が付いているし、多少落としたようだが、靴にも泥が付着している。これは君が寝坊して慌てて家を飛び出し、近道として公園を突っ切ったことを示している。昨日は雨が降っていたから、まだぬかるんでいただろう。それだけ急いでいたのに、授業に出ない理由の中からもっともらしい物を挙げたまでだ。あの教授は最近体調が悪そうだったから、もしかして、とね」正解だちくしょう。もしかしてが外れたことがない。

「相変わらずか。挨拶代わりに推理していくのやめた方が良いって言わなかったか。入学当時は悪魔なんて言われてたじゃないか」

「何、やはり阿久留間、の聞き間違いじゃなかったのか?」今更かよ。

「もういいよ。そういや阿久留間、いくらお前でも遅くとも夏休みが終わる頃には帰ってくると思ったんだが。何かあったのか?」

「ちょっとした事件に巻き込まれてな」

「それ、大丈夫なのか? しかしトラブル体質だな」

「なに、どうにかなった。それに名探偵には必要な素質さ」日常的に殺人事件に居合わせるのは勘弁願いたい。

「それで、なんでお前までこんな中途半端な時間に部室に行くんだ」二限の途中だぞ。

「依頼人さ」

「依頼人? 帰国早々いきなりか?」酔狂な奴がいたもんだ。

「ああ。チラシに付けてあるQRコードからの依頼だから学内の人間だな。昼に来るらしいから、少しくらい片付けておこうと思ってな」片付けか。写真部のものが丸々残っている上に僕や阿久留間が私物を持ち込んでいるから物がやたら多いんだよな。

 阿久留間九郎が校内で探偵の真似事をしていることはもはや公然の事実であった。廃部になった写真部の部室をそのまま利用し事務所を構えているのだ。無許可は無許可なのだが黙認して頂いている。阿久留間いわく、「俺は大抵の先生方の弱みを握っているからな」だそうだ。真偽はともかく、何らかの働きかけがあったのだろう。阿久留間の家が何かしたんだろうが、面倒そうなのでそこを掘り下げるつもりはない。ちなみに僕は頑なに部室という呼称を採用している。やんごとなき事情により僕は助手じみたことをさせられているが、別に事務所とやらの所員になったつもりはないからだ。と言っても依頼のない時には部室で時間を潰しているわけで、悪いことばかりでもないのだが。

「じゃあさっさと片付けて、早めに食事を済ませるか」

「お、おかず何?」

「生姜焼き。やらんけど」僕は弁当持参、阿久留間は学食といういつものパターンだ。

 部室の鍵を開け、ノブをひねった。

 

 あっという間に時間は過ぎ、一息ついたところで、コンコンコンと三回、ノックの音。

「おっ、依頼人かな。どうぞ」

「失礼、します」女性の声だった。姿を見て、驚く。彼女は同級生の間でもちょっとした有名人だったからだ。

 花鶏輪(あとりりん)。いかにも良家のお嬢様と言った風貌で、かなりの美人。下心のある男連中はもとより、人当たりの良さから同性にも人気が高かった。

「えっと、阿久留間さん、で合ってます、よね?」おずおずと、尋ねてくる。まあ、こんなバナナみたいな髪の奴が自称探偵とは思うまい。「ごめんなさい。こんな人、初めて見たから」そりゃそうだろう。仮装でもない限り。「そっちは小林くん?」

「覚えててくれたんだ、花鶏さん」

「有名だもの」

「まあ、ね」良く中学生に間違われるもんな。その上体型に男性らしい特徴が殆どないと来てるから、満員電車に乗ると痴漢に遭うことすらある。あれ、超怖いぞ。無表情のふりしたおっさんが窓ガラスに映ってるんだぞ。

「花鶏さん、昼食は大丈夫? なんなら待つけど」

「もう、学食で済ませてきたから」ほう。

「なんだ知り合いか。じゃあ話は早い。俺が所長の阿久留間九郎だ。訳あってこんな頭だが気にしないでくれ」大した訳でもない癖に。

 長テーブルを囲んで座り、軽く自己紹介を済ませ、早速本題に入る。

「それで花鶏さん、依頼っていうのは?」僕から切り出す。

「ええと、あるものを探して欲しいんです」

「あるもの?」

「手紙、なんですけど」

「まさかラブレターとか言うんじゃないだろうね」口を挟むなよ。

「いえ、その。内容は、私も知らないんですが」

「どういうことだ?」

「随分昔のことです。この大学の写真部に、あるカップルがいたんです。とても仲が良かったんですが、卒業の前に大喧嘩して」

「別れた、とか?」

「それも分からないんです。二人揃って部室に来なくなってしまったらしいんです。それで、連絡もつかなくなったそうで。程なくみんな卒業してしまったので、顛末は分からずじまい。なんでも、ある手紙がきっかけだったそうですが……」視線を落とす。

「その手紙を探してほしいと。しかし気になるな。その話を誰から聞いて、どういう目的なのか」

「私の父がその時、写真部だったらしいんです。廃部というのを聞いて、驚いていました。お酒を飲みながら、話してくれて。私、その話を聞いて、何故だか気になって」

「ふうん? 少し、面白そうだな」阿久留間のスイッチが入ったようだ。目を細める。「でも、その手紙についての手がかりはあるのか? 何十年も昔のことだろう? 既になくなってしまっているかも」

「ここです」

「え?」

「父は、その手紙を見つけてとっさに隠したそうです。ここ、写真部の部室に。見つかっていなければ、今もここにあるはずだと」

「隠した? 何故?」

「……好きだった、そうです。そのカップルの、女性のことが」目を伏せて、言う。

「そりゃあ納得だが、そんなことまで話すのか」

「誰かに話したかったのかもしれません。それで、そのカップルがもし別れてしまったのなら自分のせいかもしれない、と悲しそうに」

「場所は教えてくれなかったわけだ」

「あるとは思っていないんでしょう。廃部になりましたし」

「なるほど、な」

「阿久留間、これはひょっとするとスピード解決なんじゃないか? お前暇な時、写真部の資料見てたろ」

「それが手紙みたいなものは見ていないんだ。処分していなければ、これはちょっと本格的に隠しているってところだろう。探す意図がなければ、まず見つからないくらいには」

「やはり、難しいでしょうか」

「そうでもないかもしれないぞ。俺は既に、ある程度目星を付けてる」

「本気か、阿久留間」これだけの情報で?

「とっさに隠したってことは見つけた場所の近くだ。そして、あまり凝った隠し方はできない。二重底とか、スピーカーの中とか、本棚の棚板に貼り付けるとか、そんな手間は掛けていない」よく隠し場所がポンポン出てくるな。「それでいて簡単には見つからない場所、だ」

「それはどこだ?」

「まず見つけた場所がどこか。これは簡単だ。花鶏さんの親父さんの口ぶりだと、手紙は読まれていない。とすれば手渡しではなかったはずだ。ラブレターの渡し方で、古典的なのあるだろ」

「下駄箱に入れるか、机に入れるかだな」

「この事務所でそれに該当するのは?」

「……資料入れ。あの引き出しか」この部室には、課題の提出に使うみたいな透明なレターケースがある。それを各部員に割り当てて使っていたようだ。確かにこれなら透明だから、何かが入っていることに気がつくかもしれない。ってことはつまり、親父さんは勝手に人の引き出し開けたことになるのか。そりゃ罪悪感も募るか。

「じゃあこの近くってことか。じゃあ机周りか? 本棚はちょっと遠いから消えたな」

「なあ小林。お前エロ本、どこに隠してる?」

「いきなり何を言い出す」女子がいるんだぞ。あとこの見た目だからエロは僕のイメージにない。必要以上に好感度を下げる。

「良いから」

「とりあえずベッドの下にはないぞ」定番すぎる。

「隠し場所、頭を悩ますだろう? だが見つかっていない、信頼できる隠し場所があるはずだ」今どきデータだけで紙媒体では持ってない奴も多そうだが。言わんとすることは分かる。

「とっさに隠す場所はそう言うところか」

「俺なら、ここだねっ」言いながら、阿久留間は机の引き出しの三段目、一番大きなキャスター付きの箱を引っ張り出して、持ち上げて外した。

 すると、奥に落ちて砕けた鉛筆やらゼムクリップやらに混ざって、一枚の封筒。

「……すごい。遊びでやってるんじゃなかったんですね」感動しながらも微妙に辛辣なことを言う花鶏さん。この子結構腹黒なのでは。堂々と写真部の部室を調べるために依頼しただけで、別に期待していなかったのかもしれない。

 どうでも良いけど、阿久留間。お前今、自分のエロ本の隠し場所、公開したぞ。

「じゃ、見てみるか」阿久留間は躊躇なく封筒を開ける。

「ちょっ、僕にも見せてくれ」

 当然、花鶏さんも続く。だが。「……何、これ」

 そこに書かれていたのは、よく分からない記号の羅列だった。暗号、なのか?

 換字式暗号、と言うやつだろうか。ミステリで読んだことがある。文字を他の記号に置き換える、古典的なものだ。いや、句読点があるから日本語の文章なのかなと思っただけなんだけど。
「二人にだけ読める暗号でも作ってたんだろうか。流石に予想外だぞ、これは」なんか一部の文字が笑ってるみたいで不快だし。
「他の人に読まれたく、なかったんですかね。実際私の父が見つけたみたいですし」
 新たな謎が出てきたところで一人だけ楽しそうな奴がいる。自重しろ。「小林、解読するとしたらどれくらい掛かる?」
「見当もつかないよ。換字式で日本語の文章だとして、こんな長さじゃ適当に当て嵌めるのも大変だ。読点の前を助詞だと仮定してまず埋めてみて……」
「駄目だな。口語じゃ助詞なんか省略する」
「じゃあ、僕には無理だ。よく使われてるのは一文字目から出てきてるハートみたいな字だけど……。日本語の単語で多いのはあ行だけど、合ってるかどうかも分からないし」
「小説で読んだ解読法に囚われすぎだ。遊びでそんなややこしい暗号は作らない。せいぜい元の字の形をいじるくらいだ。加えて……これらの文字は全て左右対称だ。……分かったぞ。対称軸で左右に分けてみろ」
「分ける……?」Uが\とノになる感じか?
「あ、分けた、右側が……」
 ワタシ、トオクノマチニ……「私、遠くの町に、って読めるぞ!」
「小学生が考えそうなやつだ。二人は幼馴染だったりしたのかもしれない」阿久留間は言いつつ、あくびをする。すぐに解けてがっかりしたようだ。
 さて、文章は次のようになる。

 私、遠くの町に行くことになったの。だからもう会えなくなる。別れの言葉を伝えるのが辛いから、これきりにするわ。ついて来てなんて言わない。あなたにはあたしのこと、もっと分かって欲しかった。さよなら。

「これは……なんというか……」それじゃあ。「手紙を読んでいたって、結果は別れじゃないか」
「私の父のせいじゃなかった。でも」
「なんでお通夜みたいな空気なんだ」
「阿久留間?」
「二人揃って来なくなったんだろ。追いかけていった可能性はある」
「ショックで引き篭もったとかではないのか」
「本当に付いてきて欲しくなかったら、手紙なんて残さずそのまま消えればいい。だったら、なんだかんだで伝えたのは手紙だけじゃなかったかもしれない。もしかして、だが」
「そう、だったら良いですが」
「じゃあ、そうなんじゃないか」適当に相槌を打って、立ち上がる。推理できるのはここまで、だろうな。
「小林くん?」
「ごめん、ちょっとトイレ」部室を出る。

 僕は階段の踊場まで移動すると、SNSを開き、文章を打ち始める。

小林由樹:魅香さん、詩音さん、報告です。阿久留間九郎がまた一つ事件を解決しました。

 するとすぐに反応があった。

みか:そう。どれかしら? 暗号のやつ?
小林由樹:そうです。
みか:一応、元の手紙もあったのよ。
しおん:ボロボロだったけどね。
みか:暗号なんかじゃなかったし
小林由樹:やっぱり、知ってたんですね。
しおん:都合よく事件が転がってるわけないじゃない
小林由樹:阿久留間が飽きるまで、でしたね?
みか:そう
みか:あの子は探偵に向いてないもの

 そう、阿久留間九郎は決して探偵に向いていない。勘に頼りすぎている。あの推理は殆ど後付けだ。答えが先に見えている。悪魔的なまでの、勘。あとは適当に証拠を見つけて、ゴールへ持っていくだけ。だから、『もしかして』も百発百中。ふざけている。

しおん:だから、推理ごっこで満足させておくの
みか:謎をぶら下げておくの
しおん:暴いちゃいけない謎だってある
みか:阿久留間家のことも
小林由樹:奴だけは、知らないんですよね?
みか:教えちゃ駄目よ?
みか:その時は
しおん:お姉さま、物騒だわ
小林由樹:肝に銘じてますよ。

 忠告してくれるだけ、魅香さんと詩音さんは優しい。阿久留間家においては。十年前も、二人は僕の命を助けてくれた。そのせいで、阿久留間家に使われていることを思うと、何が正しかったのか分からない。
 僕は阿久留間九郎の監視役だ。彼が阿久留間家にとって都合の悪いことをしないように、見張っている。というわけで、探偵助手をしているやんごとなき事情とは、やんごとなき方々に使われているという事情なのでした。しかしこのお二方は、まるで阿久留間に超常の力があるような前提で話しているけど、どこまで本気なのだろうか。阿久留間家がこれだけの力を持っているのは、ひょっとして……と、やめておこう。消される。
 実際本気で消されるかどうかは分からないが、できるかどうかで言えばできるだろう。阿久留間九郎にあてがわれる謎は、完全な仕込みか、そうでなければ全て阿久留間家によって解決済みだ。今回は実際にあったことをドラマチックに演出する方向なのだろう。となると、写真部資料を漁ってももう本人には行き着かない可能性が高いな。阿久留間の超常的勘を信じるならハッピーエンド、なのだが。

小林由樹:ところで、花鶏さんも仕込みですか?
しおん:どうかしらね
みか:あなた、気付いているんじゃないの?
しおん:そこまでだったら、暴いちゃっても良いわ
みか:使える人は多い方がいいのよ、阿久留間的には

 阿久留間的には、ね。二人の考えも読めないが、阿久留間家はもっと読めない。しかし後処理は僕の役目か。さて。もう一つ、解決しに行くか。口実はアレでいいかな。『すみません、阿久留間が今日帰ってきたんですが、呼び出しますか?』と。


「阿久留間。お前呼び出し受けてるぞ。伊達先生」部室に戻るとすぐ、僕は声を掛けた。
「マジか」
「課題、出してないだろ?」
「悪い小林、しばらく頼んだ!」部室から慌てて駆け出す阿久留間。
 阿久留間の足音が聞こえなくなったのを見計らって、僕は口を開く。「花鶏さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「『設定』ではどうなってるの。そのカップルは」
 花鶏さんの目が大きく見開かれる。「そんな、……どうして?」
「設定を喋る時、視線を落とし過ぎだよ」僕は続ける。「講義中にスマホいじってるみたいに。僕良くやるから、分かるんだ。カンペでも見てたのかな」
「そんなことで……」
「もう一つ、あるよ。君、学食でお昼を済ませたって言ってたよね」
「それが何か……」
「その時、阿久留間もいたんだよね。一度見たら絶対に忘れないような真っ黄色の髪の阿久留間が。……なんで、部室に入ってきた時驚いた? その時からだよ。君を疑い始めたのは」半分は嘘だ。阿久留間に依頼しに来る人間全員を疑っている。だから気付けた。「阿久留間に近付く目的は何?」まあ本当のことは言わないだろうが。言ったら最後、僕と同じように阿久留間家に使われ続けることになる。どう出るか。
「なるほど、ね。一本取られた」その時、彼女の雰囲気が変わった。「探偵さんは一人じゃなかったってわけね。あなたのことは警戒してなかった。それも才能なんじゃない? 無害そうで」
「そっちが素?」黒い発言は時々あったが。
「うん。疲れちゃうもん。たまには発散しないと」
「僕、そっちの方が好きかも」媚びてなくて。
「あ、私ショタ無理だから」ショタじゃねえし。「で、何、目的? まあ色々あるけど、一番は」そこで言葉を区切り。「面白そうだから。それ以外にある?」
「ないね」
「私、とっても性格が悪いの」
「知ってる」おそらく彼女はもう、察している。よく分からない依頼をしてきた謎の女性が、決して逆らってはいけない存在であることを。
「また何か依頼するかもしれないし、しないかもしれない。じゃあね」
「歓迎はするよ? 男二人でむさ苦しいんだ」
「ああ、そう。考えとく」嘘だな。

 かくして、何か起きるようで何も起きない事件は阿久留間不在のうちに終わった。奴のために解けない謎も残しつつだから、これで飽きるまで時間が稼げるわけだ。その間に積ん読を消化しておこう。
 それにしても。阿久留間が帰ってきていきなりこれか。これからやってくる事件を思うと溜息の一つも付きたくなる。頼むから、殺人事件とかはやめてくれよ……。そう思いつつ、阿久留間の帰りを待つのだった。